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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)16号 判決

控訴人 株式会社金木商店

被控訴人 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。(第一次請求として)被控訴人は、控訴人に対し、金八四、一五四、〇八五円及び内金七六、八六三、七四七円に対する昭和二八年四月二五日以降、内金七、二九〇、三三八円に対する昭和三一年六月一四日以降、それぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。(第二次請求として)被控訴人は、控訴人に対し、金八四、一五四、〇八五円及び内金四七、三〇五、四七六円に対する昭和二五年四月一日以降、内金三六、八四八、六〇九円に対する昭和二八年四月二五日以降、それぞれ支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次に附加または訂正するもののほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、

「一、原審では、控訴人が鉱工品貿易公団に対して負担していた二八インチ型自転車部品残代金債務一九、二八〇、一四一円を控訴人が統制撤廃後在庫完成車及び部分品を任意売却するのやむなきに至つたため蒙つた収支差損金に計上したが、当審ではこれを削除減額する。従つて、第一次、第二次の各請求とも右残代金債務額についてはこれを請求しないこととなる。

二、農林省は、鉱工品貿易公団(以下公団と略称する)から輸出向二八吋型自転車の部分品の払下を受けて完成車に仕上げ、これをその傘下団体に特配しようと企図したものであるが、農林省がその目的達成のために執つた手続と方法の詳細は次のごときものであつた。

(1)  公団及び傘下団体との間における払下の方法及び数量並びに傘下団体の受入希望数量に関する確認の手続(甲第二一号証の一九の一、二、甲第一〇号の二、甲第一二号証参照)。

(2)  公団保有輸出向自動車部分品一括購入のための公団に対する払下申請の手続(甲第二一号証の二二の一、二参照)。

(3)  農林省に払下げられる公団保有自転車部分品に必要なタイヤ、・チユーブ各五万を農林省において配給を受けるための通産省及び経済安定本部に対する配給割当申請の手続(甲第二…一号証の二一の一、二参照)並びに通産省に対するタイヤ、チユーブ都道府県別配分予定表の提出の手続(甲第二一号証の二八の二参照)。

(4)  「控訴人をして農林省が受け入れるべき必要数量の自転車部分品の受入、荷渡その他必要な処理を担当せしめる」旨公団及び控訴人に対する代行者選任の通告の手続(甲第二一号証の七、一〇、二二の二参照)。

(5)  公団との間に売買契約を締結すべき旨の控訴人宛指示の手続(甲第一号証、甲第二一号証の一五参照)。

(6)  特配自転車につき買主最寄駅貨車乗渡価格一台金七、一〇〇円と決定の上受配団体の諒解取付の手続(甲第二一号証の三四の一参照)。

(7)  農林省関係部局及び控訴人に対する配給割当ないし引渡指示の手続(甲第六号証の一、二、甲第七号証、甲第八号証甲第二一号証の一、二、二四の二、二七の一、二、三〇の一、五、六参照)。

(8)  控訴人に対し代行事務処理上課せられた諸種の条件(原判決事実摘示中第三の四の(二)、(三)項参照)。

以上列挙した(1) ないし(8) の措置、手続は本件自転車の特配実施の目的を達成するため法令上も絶対に必要とされたものであり、その中のどれ一つを外しても、農林省としては右の目的を達成することが事実上不可能な状況に置かれたのであつて、この意味で農林省は特配計画の樹立決定後は前記不可分一体をなす一連の行為を予定の筋書として法令の規定とも睨み合せ推進したものであり、控訴人に対する代行委嘱の手続のごときもそれが最善の処置方法であることを信じ、農林省固有の行政措置、手続として推し進めたのである。従つて、農林省が控訴人に対し本件自転車の特配実務の代行を委託、委嘱したことは否定できないところであつて、決して、被控訴人の主張するように農林省が控訴人のため斡旋の労をとつたにとどまるというようなものではなかつたのである。そして、控訴人が委嘱を受けた右代行業務の内容は商法の問屋の業務に酷似する法性格を有していたものであることは明らかであるから、被控訴人は、商法第五五二条の準用(更に民法第六五〇条の準用)により、控訴人に対し問屋業務委託者としての責任を免れ得ないのである。」

と述べ

被控訴代理人は、

「原判決一七枚目裏二行目から三行目にかけて「金三三二、八二〇円」とあるのは「金八〇、五二九、三一四円八二銭」の誤につき訂正する。」

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

当裁判所も、また、控訴人は、自己の計算、責任において公団との間に本件自転車部分品の売買契約をしてその払下を受け、これを完成車に仕上げて農林省関係の諸団体に販売したもめであつて、控訴人の主張するように、農林省がその関係諸団体に対する本件自転車の特配をその固有の事務として控訴人に実施の代行を委嘱したという法律関係(委任ないし委託はまたこれに準ずる契約関係)はなかつたと認定判断する。その理由とするところは、似下に附加するもののほかは原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一、当審証人谷垣専一、同氏家敏夫の各証言は原判決の事実認定を更に補強するものであり、これに反する当審証人松下甲子雄の証言、当審における控訴会社代表者金木恒夫本人の供述は遽かに措信し難く、その他本件に顕われた全証拠を仔細に検討するも右の認定を左右するに足るものがない。

二、控訴人は、農林省が公団に対し自転車部分品の払下申請の手続をし、通商産業省等に対しタイヤ、チユブの割当申請の手続をしたこと、また、完成自転車の販売価格及びその販売先につき控訴人主張のような規制を行つていたこと等の事実を挙げて、農林省がその傘下団体に対する自転車特配の事務につきその代行を控訴人に委嘱したものでることは明らかであり、甲第一号証(甲第二一号証の一〇、二二の二、三七の一甲第五号証(甲第二一号証の七、二四の二)の各書面は右の代行委嘱の事実を示すものにほかならないと主張するけれども、〈証拠省略〉を綜合すれば、前記自転車部分品の払下の申請は、単に農林省関係の所謂官需用として払下げられたいというにとどま一り、決して農林省自らが払下を受けるという意味合いのものではなく、従つて、特にその申請書には「当省関係二於テ………一括購入シタイ」との表現をとつたものであり、また、タイヤ、チユーブの割当申請も農林省自らがその割当を受けるという趣旨では決してなく、控訴人が右の払下部分品を完成するに必要な割当の枠をとる手続を農林省が行つたというだけのことであること、農林省が本件完成自転車の価格決定に干与したとはいうものの、それは、関係官庁としての立場から末端需要者、がなるべく安価に入手できるように斡旋の労をとるため、売主たるべき控訴人と買主たるべき農林省関係諸団体との間の売買価格決定の話合に加わつたに過ぎないこと、また、控訴人は農林省の割当指示に基づき完成車を販売したとはいうものの、それは農林省が全く一方的に割当先及び割当数量を決定したというわけではなく、先ず、控訴人の方で需要団体の申出でる台数を確認し随時出荷した上でその台数を農林省に報告すると、農林省はこれに基づいて形式的に割当の手続を執るというのが実情であつたこと、更に、甲第一号証(甲第二一号証の一〇、二二の二、三七の一)の書面は、本件払下自転車が官需優先の方針に則り適正に配分されるよう農林省に行政的責任を負つて貰う趣旨で公団からの要求により出されたものに過ぎず、また、甲第五号証(甲第一号証の七、二四の二)の書面は、控訴人より、「農林省の代行という文字の入つた文書があれば、会社の信用が増し他より金融を受けるにつき好都合であるから是非ほしい」旨の要望があり、当時自転車業界に名前の知られなかつた控訴人を紹介し、兼ねてこれに信用をつけてやることにもなるとのことで出されたものであつて、同書面中の「代行」の文字も特に控訴人主張のような委任の意味が含められていたわけでもなかつたことが認められ、これに反する原審及び当審における証人松下甲子雄の証言及び控訴会社代表者金木恒夫本人の供述は措信し難い。そして、原判決理由に説示するとおり、当時、本件のような輸出向自転車の国内転用については占領軍当局の許可を、また、この国内転用分を何人に払下げるかについては通商産業省等の許可を、それぞれ必要とし、その払下に当つては所謂官需優先の名の下に官庁又は官庁関係の団体に優先特配をする方針がとられており、他方、農林省としては、その関係諸団体より自転車特配の強い要望があり、農業政策上右の要望に応えるのを適当と考えたところ、本件自転車部分品の払下を受けて完成車を農林省関係団体に特配しようとする控訴人の事業計画に賛同し、払下の実現するよう官庁として各般の便宣を供与し、且つその払下後における物資の円滑適正な配分を念願することは極めて当然のことであり、従つて、農林省がこの立場から控訴人に対する援助、指導として前記認定のような手続、措置に出たということも容易に理解し得るところである。

三、なお、〈証拠省略〉、当時本件以外にも官需用として輸出向自転車の国内転用分の特配がなされており、そのうち、文部省及び厚生省の関係では直接(前者にあつては教育施設局長、後者にあつては大臣官房総務課長が)公団との間に売買契約を締結し、更に、右の局長又は課長が民間業者との間に現物の受渡等を委嘱する契約を締結するという方法に依つており、右両省の場合も、本件農林省の場合もともに、公団保有の国内転用自転車を官需優先の建前のもとに、各官庁関係の官需用として特配したものである点で全く同一であることが認められるけれどもこのような特配事務の実施が右の文部、厚生の両省の執つた法形式(公団との直接契約、業者に対する所謂実務代行の委嘱)に依らなければ不可能であるとの特段の理由は見出し得ないところであるから、直ちに本件の場合も右両省の場合と同じく所謂実務代行の委嘱が事実上存在するものと推断するのは困難である。却つて、文部省及び厚生省が払下を受けたのは完成車であつた(成立に争のない甲第二〇号証の一一参照)のに対し、本件にあつては、公団より払下を受くるのは部分品であり、これを完成車として配給するにはなお、控訴人において多くの不足の部分品を他より購入しなければならなかつた(このことは前掲各証拠に徴し明らかである)というのであるから、若し、控訴人主張のように、農林省と控訴人との間に代行委嘱の関係があつたとするならば、その関係は、当然、文部、厚生両省とその各代行者との関係に比し、より以上に複雑なものとなり、従つて、これについては、右両省の場合以上に、明確な取極めがなされる必要性があり、また、それのなされるのが取引上通常であると思われるのに、右両省の場合とは逆に代行嘱委に関るす契約書の作成がないばかりか、口頭による取極めのなされたことを確認すべき資料も提出されてないことは本件において実際に控訴人の主張するような代行の委嘱がなかつた事実を裏書するものと考えられる。

以上要するに、農林省と控訴人との間に冒頭記載の控訴人主張の法律関係が存在することを前提とする控訴人の本訴請求は爾余の点に対する判断を俟たずすべて失当であることが明らかであるから、これを排斥した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野利一 真船孝允 海老塚和衛)

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